2008年2月13日オープン/パソコンの入力練習の一環としてブログに自分の思いなどをUPしております。
毎年恒例のサンアビリティーズ城陽でのサウンドテーブルテニス大会が、1月14日(日)におこなわれます。

この大会は、城陽市長杯という名目でおこなわれています。
今年で20回以上の開催になり、そこで私は優勝5回、準優勝10回以上を数えます。
あと、3位も何回かとりました。
今年も優勝を私は目指そうと思っています。
サウンドテーブルテニスのいいところは、健常者とともに楽しむこができることです。
私の楽しみは、視覚障害者が健常者を打ち負かすところです。
私の今の願い、それは競技人口が少ないので多くなって欲しいということです。

オリンピックとパラリンピックの違い、それは健常者と障害者スポーツの違いです。私がつくづく思うことは、企業は健常者には資金を出しますが、障害者にはほとんど出さないのが、今の日本の障害者スポーツの現状です。
例えば、A社に障害者がいる場合には資金を出しますが、それ以外は資金を出すことはありません。これが今の日本の障害者スポーツの現状なのです。
私は、このようなことをつづけていると外国との間が開くばかりではないかと思います。
では今後、対策としてどのようにすればいいのか?それは国に働きかける以外に方法はないと私は考えています。
さて今回のオリンピックとパラりンピックについて先日、テレビ・ラジオのニュースの中で、オリンピック選手の費用を削減をするとの報道をされていました。となると、当然パラリンピックの費用も削減されるのでは
ないかと私は心配をしています。
このことは、大変遺憾に思います。

視覚障害者が入院したとき

今の日本の医療体制は、視覚障害者にとって非常にバリアだらけだと私は考えています。
個人の病院・診療所は、まだ対応はいいのですが、大きな病院になると全くといっていいほど、視覚障害者のことを理解していないのが今の日本の医療の現状です。
たしかに入り口には点字ブロックが設置されているものの、一歩中に入ると視覚障害者にとってはとても1人で移動はできません。
視覚障害者が入院をした時には絶対に付き添いが欠かせないのです。
しかし、今の日本の医療は、完全看護とはいうものの、まったく完全看護の意味とはとても程遠いのが現状です。
この現状を変えていくには、国に訴えていくしかありません。
今、日本の医療は、障害者にとって決して望ましいものとはいえません。
本来、完全看護とは、全て病院側が行うのではないか私は考えています。
今日本の看護はとても過酷な為看護士を目指す人があまりにも、
少ないのが現状です。これから看護を目指す人を増やすためには、看護士を増やす以外に方法はないのではないか?
もしくは賃金を上げる以外に看護士を確保する方法はないと私は考えています。

今から16年ほど前に入院をした時のことです、看護士は視覚障害者の患者の接し方が全く分かってはいませんでした。
看護士は移動をする際、腕を差し出すのではなく、手をつなごうとするのです。これは視覚障害者の患者との接し方ではありません。
視覚障害者が入院をして困ること、それは移動することと食事をとる時なのです。
私の体験ですが、看護士が食事を運んできた時に何も言ってもらえなかったのです。何も言わなければ、どこに何があるのかが、分かりません。

私がつくづく思うこと、それは日本政府が障害者にたいしての政策がきちんとなされていないからだと私は考えています。
このようなことでは視覚障害者が安心して入院はできません。
このことは、他の障害者にもいえるのではないでしょうか。
今の日本政府には全くあきれるばかりです。
このことは福祉にもあてはまるのではないでしょうか?このことは看護の現場に謙著にあらわれています。
12月18日(金)に、宇治市立大開小学校に行って、児童達に卓球バレーとサウンドテーブルテニスの体験をしてもらいました。
そこで私はサウンドテーブルテニスの担当をしました。

私の見本を見ると、子供達の反応は『とても目が見えないとは思えない』と言っていました。
また、私の耳が人の2倍から3倍聞こえると子供達に言うととてもびっくりされていました。

大開小学校6年生のみなさん、体に気をつけて勉強や運動に励んでほしいと私は心から願っています。




 1月9日土曜日から1月1日月曜日にかけて京都府丹波町下山にある、京都でてこいランドにて新年会を村民の方々とともに行いました。
でてこいランドは、今から20年前の7月にオープンをいたしました。
私はオープン前からの“作ろう会”からのメンバーで20年ほど前から、私たちがいろいろなイベントを行い、資金を作り、立ち上げ現在にいたっています。

今回の新年会はとても愉しい日々でした。
私は3日間でお酒を1升以上飲みました。

でてこいランドとはその名のとおり、おとなも子供も障害のある人もない人も、みんなでてきて一緒に楽しもうと今から20年前に立ち上げました。

でてこいランドを立ちあげるのにいろいろな苦労をしました。
1番苦労をしたのは、京都府京丹波町、そしてなによりも地元の村の方々の理解が必要でした。
しかし無事にオープンをすることがきました。

京都にでてこいランドがオープンしたのは、日本で3番目です。
1番は長崎でてこいランド
2番に北海道ででこいランド
3番が京都でてこいランドです。

今、大人・子供・障害者が共に集える場所はこの3ヶ所しか今はありません。
京都でてこいランドでは、年に3回イベントを行っています。
2月にもちつき、7月は夏祭、10月には、いも、栗の収穫などを行っています。
その他キャンプ、川遊び、冬には、雪遊び、ソリ遊びなどいろいろと楽しめます。

年3回のイベントについては、1回300円から500円で宿泊は1泊1500円です。
今現在は、スタッフが足りない為、土・日・祝祭日のみ、利用ができますが、他の日については今のところ利用ができません。

京都でてこいランドは、京都駅から、
JRで下山駅下車徒歩15分です。
車については国道9号線から27号で下山方面に向かってください。
京都から下山の間は朝9時3分発の園部行に乗り、園部から福知山行きで下山までいきます。

2009年を振り返って

私にとって2009年は、本当にいろいろなことがあった1年でした。

今年は、自分自身にとって良かったことも悪かったこともありました。

良かったことは、京都府・京都市の小・中高等学校での講演活動に励んだことです。
また、大好きなクラシックコンサートを聴きに、東京のNHKホールにも行きました。
さらに、琵琶湖ホールでのクラシックコンサートも聴きに行きました。
そして、今年のクリスマスには聖母学院のハンドベルコンサートにも行きました。京都市交響楽団の演奏会にも行き、さらに今年の年末から年始にかけては、例年のごとく琵琶湖ホールでのジルベスターコンサートを聴きに行く予定です。
それぞれのコンサートに行って思ったことは、アマチュアもプロも変わらないぐらいの素晴らしい演奏でした。
来年もどんどんと、聞きにいく予定です。

今年の私の悪かったことは、7月から8月にかけて、ピースに行く気持ちがあまり持てなかったことです。
その後、大好きなクラシック音楽を聴いたり、さらにサウンドテーブルテニスをすることで私は復活をすることができました。

2010年に向けて私は、昨年以上にパソコンでいろいろなことを書いていく決意でおります。
ピースの作業について、私はもっと、京都市を初めいろいろな公的機関に今まで以上に手紙を書いていこうと思っています。
 12月25日(金)に、ピースにてクッキング教室を開きケーキ作りをしました。
所員と職員とが一緒になって作りあげたケーキは美味しいかな?

 私を含めて4人の所員さんが歌などを披露されました。
私は、歌の18番の水戸後門主題歌の“ああ人生涙あり”を歌いました。

私は、12月23日(水)にハンドベルコンサートを聴きに行かせていただきました、久保賢治と申します。
当日は、朗読ボランティアこおろぎを
通じてご招待を頂き本当にありがとうございました。
 
 私は毎年本当に楽しみにしています。
今回で第16回とのことで、とても素晴らしい事だと心から考えています。
 さて、今回のプログラムについて、
アヴェマリア・オぺラ座の怪人、クリスマスキャロル・美女と野獣・赤鼻のトナカイといった愉しい曲目でした。
私は素晴らしい演奏を聴いて、気持よく帰路に着いた次第です。
本当にありがとうございました。

 
また、みなさんからクリスマスカードも頂き私は嬉しく思います。
さらに、点字プログラムまで用意をして頂き誠に深く御礼申し上げます。

 残念なことは、曲目を紹介する際に
全体的には良かったが、1人1人の声を聞いた時、マイクを使っても聞き取りにくい生徒さんがおられました。
それと、出きますことなら次年度から拡大字の、パンフレットをご用意頂ければもっと良いと思いました。
次年度からこのことを十分に注意され、ご活躍されることを私は希望いたします。

これからも頑張ってください!!
応援しています。
     
                                                  12月24日
                                                    福祉コメンテーター
                                                          久保賢治
 私は毎年“朗読ボランティアこおろぎ”を通じて貴校のハンドベルコンサートへご招待を頂いております、
久保賢治と申します。

今回で私は貴校のハンドベルコンサートを聞かせて頂いて、15回ほどになります。

 私は毎年聴いていて年々演奏のレベルが上がってきているように思います。

京都市内だけではなく、いろいろな所で演奏活動をされているようですね。

 12月23日も愉しい、素晴しい演奏を聴かせてください。楽しみにしています。




今の日本の医療は、視覚障害者にとって、バリアになったように私は思っています。
大きな理由として視覚障害者が、通院や、入院をしたとき、医師や看護士にとって、とても負担になっているようです。
特に全盲の方が入院をした場合、検査などに行くために移動をする時に看護士の腕を持たなければなりません。
しかし、今の看護士は視覚障害者に対しての介護が出来ていないように思っています。
そこで私が考えていることは、いわば通院・入院をした時点で、全て障害者ではないかと、私は強く考えています。
最近の方々は、若い人を含めて、なぜ簡単に自殺を考えるのか、私には理解ができません。
この世の中は、生きている限り、生まれたら必ず死ぬのですから、なぜ急いで死のうと考えるのか。
死ぬゆえに、生きることを考えてもらいたいです。
命は一度失うと、二度と帰らないのですから。
最近、私が胸を傷めるのは、この世の中には、病気や、怪我などで、一人で生きることが難しい方々が、一生懸命に生きているにも関らず、頑丈な体をもって生まれた方々は、あまりにも、勝手ではないかと私は考えています。
以前は、こんなにも自殺者は多くなかったのに、これはすべて、推理小説に大きな原因があると私は考えています。
各家庭において、両親、特に母親が、殺人がどれだけいけないことか、教育出来ていないのではないかと考えられます。
 
12月11日(金)宇治市立小倉小学校へ、視覚障害者スポーツの中のひとつである「サウンドテーブルテニス」の紹介をしにいきます。
私は、高校時代からやり始めて、30年になります
私は、今から25年前に行われた、身体障害者スポーツ大会に、出場をしました。
その結果、金メダルを獲得することが出来ました。
私が、子供たちに伝えたいこと。
それは、何事にも、一生懸命取り組んでいってほしいと思っています。
やり方は違うけれど私は、これだけは絶対、健常者には負けないと心から思っています。
次に「ライズアップ」についてこの映画は、1人の女の子が交通事故で突然、全盲になってしまった映画です。この映画は、全盲の女の子が引きこもり状態から、やがてカメラマンになるという映画でした。私が、この映画をつぶさに見て思ったこと。それは、たとえ目が見えなくとも、何か一つでも出来ることがあるのだとつくづく考えさせられました。いずれも心に深く沁みた映画でした。内容は、それぞれ異なっていますが、とても素晴しい映画でした。 バリアフリー上映について私たち、視覚障害者や、聴覚障害者にとって、必要不可欠なものとなっています。そこで私は、今の日本社会は、まだまだ健常者のための社会になっているのが現状です。今から思えば、国連の障害者年は、一体何だったのだろう。私は、考えるようになりました。
私は、1リットルの涙ライズアップの2本の映画を見に行ってきました。
まず、1リットルの涙は実話に基づいた映画でした。
1995年から、2005年までの10年間の記録を、映画化したものでした。
テレビでも放送されていましたが、私はとても感動をし、悲しみを覚えました。
この映画は、木藤亜也さんの生きて来た10年間を余すことなく、映画化された作品でした。
当時15才だった亜也さんが、小脳脊髄変性症という難病を発症し、25才で亡くなってしまうまでの過程を映画化されていました。
小脳脊髄変性症は、脳から脊髄と神経が侵される病気です。
当時亜也さんは、中学から高校に進学をし、一番楽しい時期を過ごしているはずでした。
しかし、亜也さんを突然病気が襲ったのでした。
私は、映画を粒さに見ていて、命の尊さを改めて考えさせられました。
 
京都西YMCA長岡こおろぎ主催の、20週年記念の集いで、視覚障害者の社会福祉についてたくさんの方々がとても真剣に、話を聞いてくださいました。
 
京都市立七条中学校から、12月3日木曜日に行われる後援の依頼がこの私に回ってきました。
本日、七条中学校の人権学習担当の先生と午後4時30分から、約2時間打ち合わせを行います。
 
11月24日火曜日に京都パレサイドホテルで、人権についての講演会にパネリストとして呼ばれることとなりました。
後援の主催団体、京都YMCA長岡こおろぎ、長岡ライオンズクラブ。
タイトルは「資格障害車における社会福祉とは」
また12月3日には、いつも、京都ライトハウスにて、読み書きサービスで、ボランティアの方の依頼で、まだどこの小、中、高等学校かは分らないのですが、是非久保さんに、お願いをとの依頼を受け、私は大変喜んでいるところです。
私は毎年12月になると、京都市内の、
あちらこちらの学校から、またはボランティア団体からの依頼が、私のところへくるようになりました。
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